眠り姫はお帰りなさいが言いたい!
「……何してんだ、こいつ……」
長期に渡る任務を完遂し、寮の自室に戻ってきた。
……のは、いいが。
何故帰ってくるなり頭を抱えなければならないのか。
いつも出迎えてくれる彼女が居るのはわかっていたが、いくらなんでも、これは。
「なんつー格好で寝てんだよ、お前は……」
ダブルベッドの上。黒いシーツに無防備に横たわる彼女。
白い肌。金色に透ける栗毛。そして───少し大きめのシャツ。多分、じゃなくて間違いなく俺のだろう。 所謂彼シャツ、というやつか、と呑気にも考える。
はあ、と深い溜息が漏れるが、別に嬉しくないわけではない。寧ろ嬉しさのあまり写真に収めて待ち受け画面にでもしてやりたいところだ。
だがこの状況は、色々と不味い。
寝込みを襲うのはフェアじゃないから、あまり好きじゃない。
好きじゃない、けど、俺の脆い理性はキリキリと悲鳴を上げていた。
元々彼女に対して耐性のない俺が、これを見て耐えられる筈がない。
(まさか俺を試してる、のか……?)
いや、そんな計算高い彼女ではない。断じて。
仮にそうだったとしても誰かしら協力者が居る筈だ。翼かあのエロ親父(殿)か、……まさかナル……? あいつ、俺の知らない間に何か余計な事吹き込んで───
「ん……ぅ……」
「!」
「あ、れ……うち、寝て……?」
あれやこれやと思考を巡らせていると、ふいに彼女が目を覚ました。珍しいな、一度寝たらなかなか起きない彼女が目覚ましもないのに起きるなんて、とまたも呑気に考える。
のろのろと起き上がった彼女はふあ、と欠伸を一つすると、目をごしごし擦って呟いた。
「たしか……今日棗が帰ってくるから、部屋で待ってよう思って、ついでやからシャワー借りたのはええけど、着替え持ってくるの忘れて……それで、」
「…………」
「棗のシャツ着て、ええ匂いやーって浮かれてたら、安心してそのまま寝てしもたんやっけ……」
「……………………」
どうやら彼女は寝惚けていて、背後に立つ俺の存在に気付いていないようだ。(目が暗闇に慣れているお陰で、電気は付けなかったのだ。)
しかし事の成り行きをご丁寧にも説明してくれるとはありがたい。当の本人がいるとは知らずに。
「着替え持ってきてないから、下着もないし……」
「……………」
「棗は……まだ帰ってきてないんや。……うぅっ、こんな恥ずかしい格好、棗に見られたら……。と、とにかく下に何か、」
履くもの、と彼女が部屋を見渡せば。
当然、俺がいるわけで。
「な……ぁ、だ、だ、誰っ!!? 誰なんそこに居るのはっ!?」
驚いた彼女の表情が滑稽極まりないが、茶番は終わりだ。
近くにあったスイッチに手を伸ばす。真っ暗だった部屋は一気に明るくなった。
「な、な、な……っ!」
「随分とまあ、煽ってくれたな」
「な、棗っ、もう! 驚かさんといてやあ……!」
近くにあったクッションを抱き締め、若干涙目になりながら抗議する彼女。
改めて見ると、やはり白いワイシャツ1枚のみを身に纏ったとんでもない格好だった。胸元は第2ボタンまで開けられ控えめな谷間がのぞき、裾からはすらりと伸びた脚、そして所々乱れた金茶の髪。無防備すぎるにも程がある。そんな格好で寝てやがったのか、こいつは。
「あぁ、びっくりしたぁ〜……ほんま、棗やなかったらどうしようかと思ったわ……」
「アホか。俺の部屋に俺以外が来るわけあるか」
「そうやけど……って!!」
「あ? なんだ?」
「あ、あんた、いつ帰ってきたん!!!?」
安堵の表情を浮かべたと思えば今度は真っ赤になる彼女。全くコロコロと感情の起伏が激しい奴だ。だから見ていて飽きないのだが。
「さあ? いつからだろうな」
「こっこの性悪……! い、一応聞くけどどの辺から聞いてたん……っ?」
「お前が起きる前からだ」
「やっぱり……っ!」
ぐわーっと頭を抱える彼女。自分の痴態を見られただけでなく、独り言までばっちり聞かれていたのだ。
「ううっ……うち、もうお嫁に行けへんよぉ……!」
「行き先なんかとっくに決まってんだろ。それより、」
ベッドの上に座り込む彼女の横に腰掛ける。色々ありすぎて状況の整理が出来ていないのか、彼女は「何やねん」という目を向けてくる。
いい加減気付けよ。
ベッドの上。男女が2人きり。無防備な格好の彼女。これだけ材料が揃っていれば、もうやることは一つしかないだろう?
「そんな格好で待ってたって事は、期待してたんだろ?」
「へ……?」
「疲れた俺を癒してくれるんだろ? ……お前の体で」
「ばっ! そんなわけな───っひゃあ!?」
にやり、と笑って、彼女を押し倒す。抱き締めていたクッションを取り上げ、暴れる両手首をとって頭上で纏めた。こうすればもう逃げられない。
「ったく、気の利いた格好しやがって。……ん、いい眺めだな」
「これは違っ」
「うそつけ」
「ちょ、待っ……んん……っ!」
下半身に指を滑らせ程よく肉のついた太腿を撫で、内腿をなぞり、付け根に辿り着く。
いつもと違うその感触はつまり───
「……やっぱ履いてねえのかよ、ヘンタイ」
「や、め……!」
「やめねえよ。散々煽ってくれたんだ。責任とれよ?」
「〜〜っもう! 馬鹿! 勝手にしいや!」
「そうする」
半ばヤケクソ気味の彼女だが、待っていてくれただけでも十分嬉しい。
そうして俺は漸く帰ってきた自分の居場所に顔を埋める。柔らかくて温かくて心地良い匂いがする、自分だけの陽だまりに。
さあ、愛し合おう? 離れていた時間の事なんて忘れるくらい、深く甘く。
夜はまだ始まったばかりなのだから。
「あの……1つ、言い忘れてたんやけど……」
「なんだ?」
「えっと、おかえりなさい」
「……ん。ただいま」
Fin.
***
棗さんいつもお疲れ様やで(色んな意味で)